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悲劇(その9-2)

 投稿者:絶腐  投稿日:2009年 3月 6日(金)23時35分17秒
  カレラカップは退屈しのぎでしかなかった。もう結果など少しも覚えてはいない。そんな中決勝の後のことを考えてみると、前日のバス待ちなどたやすく予想できるわけだ。だから最後の最後まで見ていては無事に帰れる保証など無い。なるべく無駄の無いように早く帰らねばならない。まず問題になるのはこのカンガルーTVだ。これの貸し借りをするブースはグランドスタンド裏にある。俺の座るD席からはかなり離れている上にD席から見ると帰りのバス乗り場はグランドスタンドと反対方向だ。決勝こそカンガルーTVに活躍してほしかったが、スムーズに帰るために決勝スタート前に返却した。もう借りることは無いかも。
そしてついに決勝がスタートを迎えた。しかしこの悪天候のためスタートはセーフティカー先導のスタートとなった。しかも20週近くマンネリした光景を眺めていることになった。ようやくセーフティカーが消えてバトル開始となると、早速1コーナーでクラッシュが発生。さすがに1コーナーの混乱はよく見える。しかし富士山は見えない。晴れてれば見れたたんだろうけど。そして、時計を気にしながらレースを見ていると残10週となった。トップ争いはそれほど熾烈ではなく、大方予想はつくのでこの時点で俺は席を立った。ほとんどの人たちはまだ観戦していたが、席を離れてみてみるといくらかはバスに向かっている人もいた。バス乗り場へ向かうが直線距離なら近いのに順路は果てしなく遠い。しかし順路から外れる近道もある。30度バンク跡地にすぐ降りる階段がある。そこへ向かう人たちがわずかにいる。俺も向かった。近くにいた係員が制止しようとしていたが、もちろん無視。自分を信じろ。ダッシュでバス乗り場に向かった。気がつくとみんな走っていた。昨日散々いやな思いをしたからだろう。
 
 

悲劇(その9)

 投稿者:絶腐  投稿日:2009年 3月 2日(月)17時44分17秒
  さーて、相変わらずの雨模様。決勝スタートまでまだまだまだまだまだまだ時間たっぷりだ。しかし傘もなく雨に打たれるのは嫌なのでグランドスタンド裏で雨宿り。俺が腰を下ろすころにはすでに多くの避難民が通路を塞ぐほど大勢座っていた。することも無いのでカンガルーTVを見ていると、けなげにも寒い雨の中でもポルシェカレラカップが行われていた。  

悲劇(その8)

 投稿者:絶腐  投稿日:2008年 4月20日(日)18時31分5秒
  九死に一生を得た俺はようやく本来の目的を思い出すように会場内を歩き出した。「これでもう心配事は無い。後は時間を潰して観戦するだけだ」と、そう思っていた。ところがここで意外なトラブルが発生する。それは歩き出して間もなく自分の体のある変化に気づいた。それは妙な脱力感だ。歩くことは問題無いのだが、まったく元気が無い。やる気が出ない。気力が無い。ガッツが足りない。歩くことは嫌ではないが、立ち止まって休んでいて元気が出るわけでもない。ショップを見て回っても遠めに物とその値段を見るだけでなんとなくぼんやりしてしまう。グランドスタンド方面へのゲートはまだ空いておらず、そのゲートが開くのを待つ列が100mくらい続いていた。ただ生きる屍のように歩いていてもしょうがないと思ったのでのんびり歩いてその列に並んだ。30分ほど待つとようやくそのゲートが開いて通れるようになったので順番にゆっくりと進んでいき、ゲートのすぐ先にあるトンネルの中で少し雨宿りをしながら荷物の整理をした。そしてグランドスタンドへ向かって歩いて飲食店を横に見ながらスタンド裏のショップを見て回った。このとき俺はこの後の体調のことも考え、トイレが近くなるのを考慮して飲まず食わずで過ごす決意をした。ただ、相変わらずの無気力状態が続いたのでエナジーを補給だけしておこうと、300円のレッドブルを1本だけ買ってその場で飲みきった。少しだけ元気が出たようだった。少し話は飛ぶが、この日俺は家に帰るまでこのレッドブル1本で過ごしたのだった。  

悲劇(その7)

 投稿者:絶腐  投稿日:2008年 2月12日(火)17時47分3秒
  雨が降りしきる中、カッパ姿の俺はバスを降りた。アスファルトではないところなので足元が少しぐちゃつく。はっきり言って一刻の猶予もないので半分最悪の事態を想定しながら走り出した。他の人たちはほとんど歩いている。こんな朝っぱらから走るやつはそうはいない。しかし中には同じようなペースで走っているやつもいる。一瞬、仲間か?と思いたくなったが、考えてみれば自由席の人たちは場所取りをしなければならないということを思い出した。そいつらを追い越すペースで走った。走ってるのもつらい。運動不足なので体力も続かない。勿論それだけではない。もはや限界なのだ。走っている振動も致命的なのだ。でも急ぐしかない。2,3度歩いたりもした。吐く息は白い。もうすぐゴールだ。スタート地点からおよそ500メートル。高低差10メートルほどの丘を登ったところにゴール(仮設トイレ地帯)はあった。正直まだ不安はあった。それはトイレの混雑だ。ここで何分も待たされたら、きっと俺はこの日の失態を一生忘れることはできなくなるだろう。遠めにゴールを見てみると、何人か人が立っている。不安は高まる。でも走る。思えばここまでよく我慢したよ。ほんとに我慢したよ。この1年で一番我慢した瞬間じゃないだろうか。バスの中でも相当きつかった。何度諦めようとしたことか・・。7,8回は鳥肌が立ったと思う。そしてガッツも気力も使い込んだよ。最後の気力も使い切ったところでついに感動のゴールだ!そこに立っていた人たちはただの待ち合わせだったようだった。それを理解した俺はダッシュでヘブンズドアを開いて中へ篭った。中の俺は速かった。本当に速かった。むしろ早かった。詳しくは説明できないが・・・。こうして無事生還した俺はゆっくり外へ出て、ゆっくり手を洗い、ゆっくりと雨の降りしきる天を仰いだ。そのときの気持ちは何とも言えない。よく頑張ったと自分で自分を褒めてやりたかった。午前7時だった。  

悲劇(その6)

 投稿者:絶腐  投稿日:2008年 1月20日(日)17時52分5秒
  いろいろな苦悩を抱えながらもバスは平然と地獄への会場へ向かっていく。気がつくと腹痛は一時的ではあるがかなり治まっている様子でしばらくは持ちこたえそうだ。その時点であと5分で到着するであろう場所まで来ていた。しかし先ほどまでの苦しみが軽いトラウマとなり、いつまた発生するかと思うとかなり緊張した。汗をかくほどに少しも落ち着けない。ここで昨日バスを降りた地点からトイレまでの距離を記憶を頼りにシミュレートする。ゲートからは遠いところだったが、降りた場所からすぐのところに仮設ではない普通のトイレがあったはず。つまり到着まで我慢できればほぼ大丈夫なはずだ。よし、気合入れて我慢するぜ!
そうしているうちについにFUJI SPEEDWAYのバスが入る入場ゲートの文字が見えてきた。ホッと安心したのも束の間、再び腹が非常事態となった。もうこれで最後だろうと思えるほどきつい。へたをするともう我慢が効かない。だがこれまでは想定内だ。あと2,3分もすればバスが止まりすぐにおりてトイレに行けばいいのだ。これまでの我慢に比べれば2,3分程度なら持ちこたえられる!しかしバスは予定より早く止まった。お、早いな?と思ってあたりを見渡すと、昨日とは全然違うところで降ろされた。周りにトイレは無い。しまった!計算外だ。察するに昨日よりは入場ゲートからは近いのだが、場所が中途半端で最寄のトイレまではチケット提示の入場ゲートの先で徒歩10分くらいのところにあるのだ。ありがた迷惑である。万事休す!もはやこれまでか!?
 

悲劇(その5)

 投稿者:絶腐  投稿日:2007年12月11日(火)17時31分28秒
  リラックスするべくコンビニで夕飯を買い、ホテルでテレビを見ながら飯を食った。シングルの部屋なわけだが、テレビは14インチでブラウン管だ。しかも少し映りが悪い。スポーツやアダルトなどの有料放送を無料時間だけ見ようと思ってチャンネルを切り替える。しかし何も映らない。テレビの横を見てみると「有料放送は故障中です」と書いてある。ショボい部屋だ。
翌朝、前日と同じ朝4:30に起床しフロントへ行く。前日と同じようにフロントには誰も立っておらず奥の部屋で目覚まし時計の音が聞こえる。呼び鈴を押しまくって寝起きの悪いフロントを起こす。寝癖のまま寝起きのフロントが出てきてチェックアウトする。駅まで歩き始発で新松田まで乗り、30分歩いてバス乗り場へゆく。ここまでは前日とまったく同じ流れだ。この先に自分にとって今年最大の山場が待っていようとは思いもしない。
5:30の始発のバスに乗ってサーキットを目指す。前日の行きと同じコースを走っているのでやはり1時間かかるだろうという感じだ。帰りは高速に乗らずに30分で帰れるのになぜすいてる朝一の時間でわざわざ高速に乗って1時間かけなければならないのか不思議だった。バスの中では昨日のバス待ちがひどかったという話声が聞こえた。朝早い時間だからか車内は小声での話し声が聞こえる程度の静けさだった。
バスが走り始めて20分後、突然俺の体調に変化が起こった。猛烈な腹痛だ。すぐにでもトイレに行きたい程だ。だが、途中バスの休憩ポイントなどない。でも限界に近い!とにかく我慢だ!それしかない!・・・一つ目の山を越えた。この隙に冷静にいろいろ考えた。途中止めてもらおうか、それはおそらく無理だ。思い切って降ろしてもらうか、山の中なので降りたあとがどうにもならない。覚悟を決めて漏らすか、変えの下着はあってもズボンが無い。チームグッズにTシャツはあってもズボンは無い。そうこうしてるうちに再び山が!最初は苦笑いできる程度だったが、そんな余裕も無くなって来た。ただの腹痛ではないという感じだ。思えは昨日はあまり食事はとっていない。昼にラーメン、夜に菓子パン1個。食べ物でないとするとやはり雨か!震えながら予選観てたしバス待ちも寒かった。こんなに苦しむなら来なけりゃよかったかと思った。結局腹痛は我慢するしかないのだ。
 

悲劇(その4)

 投稿者:絶腐  投稿日:2007年11月26日(月)22時20分27秒
  確か予選が終わったのは3時だったな・・・。そう思い出しながら延々と地獄の行列に並ぶ。雨は少し弱くなったりはした。だがあたりは暗くなり始めやはり寒さは相変わらずだった。ようやく長く険しかった行列も終わりを迎えようとしていた。先頭のほうでは係員にクレームをつけている客が見えた。この日そんな光景を2、3度は目撃した。ため息が出る。
もうあとバス2台くれば乗れるところまで来た。しかしなかなか来ない。どうやらサーキット内に待機してたバスが尽きたようだ。だからバスが戻ってくるのを待つ状態だった。しばらくするとやっとバスが来て乗り込むことができた。バスの外を見ると人間がゴミのようだった。その様子をカメラで撮っている人も少なくない。時計を見るとちょうど6時、さらに乗ったはいいがなかなかバスが動かない。出口が混んでバスの渋滞なのかビクともしない。あたりはもう真っ暗だ。30分後に少しずつ走り出した。サーキットを出るまでの道はほとんどオフロードだ。すんごい揺れた!倒れないか少し心配した。サーキットを出た後はスイスイ。サーキット周辺での対向車線にはすでに帰ってきたバスが渋滞を長々と作っていた。帰り道は高速は通らなかったが何故か30分で新松田のバス乗り場についた。結局その日小田原のホテルに帰ったのは8時。どうやらホテルまで5時間もかかってしまったようだ。ホテルについてからも忙しい。濡れた衣類、靴、荷物をドライヤーで乾かしまくった。落ち着く暇がない。
 

悲劇(その3)

 投稿者:絶腐  投稿日:2007年11月10日(土)18時47分40秒
  予選が無事終了し客の多くが席を立ち始めた。さてどうしようかと悩んだ。このまま帰ろうにもバス待ちが混むのは目に見えていたが、残っておまけのレースを見るにしても興味がない。土曜日だし、参考までにあえて一番混む状況まで待ってみようかとも考えたがどっちみち退屈になるのはわかっていたので帰ることに決めた。
指定席からバス乗り場まで無駄を感じる長い遠回りの道のりを行くとかなり大勢の客がバス乗り場へ向かっていた。車道を渡るときはかなりのゆっくりの歩行者渋滞になるほどだ。ようやくバス乗り場が見えてくるとすでに広い範囲で行列ができていた。これは長期戦になると思いトイレへ向かうとトイレも混んでいた。しかたなく2~30分ほど並びトイレを済ませて行列に向かっていくとだんだんと道が悪くなり、土と雑草のぬかるみで靴が泥だらけになった。なんとか列の最後尾にたどり着くがぜんぜんバス停が見えない。1時間は待ちそうだという覚悟をした。そこから10分で2,3歩くらいのペースでゆっくり列の蛇行を5,6回折り返しやっと道路沿いの列まで行き、そろそろかと思いきや、まだこれからの後半のエリアが見えてきた。すでに1時間待ったが、ようやく遠くにバス停が見えてきた程度だった。再び蛇行を繰り返していると、隣のバスエリアで「道が陥没してバスが動けなくなった」というアナウンスが聞こえてきた。前に並んでいたカップルが「あっちの人たちはかわいそうだね」と言っていたのでこちらに影響があるわけではないのかと思った。だが、実はこっちのバス乗り場全体が影響するトラブルだったのだ。しかもその1回のみのアナウンスでこっちのバス乗り場のバス待ちの客への連絡はなかった・・。
 

悲劇(その2)

 投稿者:絶腐  投稿日:2007年11月 2日(金)23時09分54秒
  今回座ったD席だが、新松田駅利用でのシャトルバスの乗降り場から最も近い位置にあるわけだが、それは直線距離の話である。直線上でシャトルバス乗り場からグランドスタンドまでの間にD席があり、グランドスタンドに向かって軽く山を登る感じになる。近道はあることはあるのだが、歩道や車道の区分けがあり、サーキット内の移動はいろいろと遠回りをさせられることも多くシャトルバス乗り場からD席までは5分でいけるはずの距離が20分程度歩かされる始末だ。D席からグランドスタンドまでは10分程でつく。
残念なフリー走行3回目を見てから予選まで時間があったのでグランドスタンド裏へ行ってグッズを見て回ったりした。D席周辺では200円の500mlのペットボトルが売っているだけだったからだ。グランドスタンド周辺はすでに混雑が激しくなっていたが、特に女子トイレの行列はかわいそうなくらいだった。
適当に時間を潰して席に戻ってみるも、もうすぐ予選が始まるというのに相変わらずの霧だった。そして昼の2時でもやはり寒かった。予選のスタートがまた遅れそうな雰囲気があったのだが、どういうわけかスムーズにスタートした。いい加減に雨と霧にはうんざりしていた。カッパに少しずつ水が浸透し始めていた。雨は弱らずたまに強くなることもあった。携帯の画面を見ようとするとすぐに水浸しになるほどだ。カンガルーTVの説明書には、いかなる場所にも水がかからないように、と注意書きがあったので透明なビニールに包んで見ていた。カンガルーTVの画面はパソコンでテレビを見るような感じの画質でリアルタイムから3秒ほど遅れた映像だ。イヤホンを挿して場内の実況が聞けるのと、PIT無線が入ると実況を遮断して無線の音声が入るようになっている。無線の音は聞こえづらくさらに英語なので言っていることがよくわからなかった。自由にオンボード映像に切り替えられるのだがいつでも誰でもというわけではないようでタイミングによって見れるのと見れないのがあるような感じだった。そんな感じでカンガルーTVを研究しながら予選を見ていた。予選が終わるとあの地獄のバス待ちがまっているのだった。
 

悲劇(その1)

 投稿者:絶腐  投稿日:2007年10月30日(火)21時50分32秒
  あの忌まわしき事件が過ぎて1ヶ月たった。しかし今でも参加者たちの怒りは治まらない。
そう、F1日本グランプリin富士だ。今こそ俺の体験を語ろう・・・。
金曜日、仕事が終わってすぐに帰ったのは15時。金曜フリー走行2が行われている模様をテレビで見ながら身支度を済ませ、すぐに小田原へ向かった。小田原に着くとその日の観戦を終えた客がちらほら見受けられた。駅から5分歩いて、ホテルに着いたのは18:30。小さいブラウン管のテレビを眺めながら予選に備えた。
土曜日、4:30に目を覚ましフロントを起こして始発で新松田駅に向かった。15分ほどで新松田に着きバス乗り場まで歩き始める。道を曲がるポイントには整備の人がたっていた。先日の台風により川を渡る橋が陥落し10分ほど遠回りをする道を通った。バス乗り場までは早歩きで20分。5:30始発のバスに乗り、まだ薄暗い中、高速を通りつつ1時間かけてFSWに到着。この時点から雨に打たれ始める。傘は持っていかなかったのでカッパを着て彷徨い始める。寒い・・・。ショップやブースを見て回りグランドスタンド裏まで行き予約をしておいたカンガルーTVを借りラーメンを食べて雨宿り。8:30頃席について前座レースの予選を見る。ちなみに今回の席はD席だ。1コーナーを挟んで正面に問題のC席と向かいになるような位置だ。前座レースの予選が終わると早速霧がモクモクと発生する。楽しみにしてたフリー走行だが、この霧によりスタートを遅らせること30分。霧は治まらないのに何故かスタート、4分後に中断。結局1時間予定のフリー走行はこれで終わり。するとさらに深い霧が立ち込めてC席が見えなくなる。大型スクリーンもほぼ見えなくなる!これが富士名物の霧らしい。ていうかこれが名物なら欠陥だろ。「どこまでも美しく・・・」とか何とか言ってた気がするけど富士山見えないし、雨で寒いし、霧で何も見えねえし!!
 

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